思春期の虎の巻[第十ニ回] 十七歳・二 「新たな彷徨の始まり?」
2019.02.20
十代の新しい友達は皆、傷を抱えていました。
四月に私はNHK学園通信制高校の二年生に編入してそう感じたのです。
二度目の高校二年生でした。
中高年の生徒の他、クラスには私と同じ年頃の若者も沢山いました。
不登校の子や、妊娠中絶を経験した為に弱っている子達。
その中に私は昔住んでいた団地の幼馴染の少年を見つけました。
「圭太君? おばさん元気?」
私はさり気なく彼に声を掛けました。
彼は運動が出来て、県下でも優秀な私立高校に進んだと記憶していましたので、内心は驚いたのですが。
彼は困ったように視線を外し、答える事はありませんでした。
(…みんなワケアリなんだな)
そう思う私は、県の相談室の高木先生の導きでカタルシスを体験し、自分を認める事が出来ていたので、比較的落ち着いていました。
彼には障害をもつ弟がいました。私は彼が子供の頃からその子の面倒をみながらも、常に不安そうな表情を浮かべていた事を思い出しました。
(…そうか)
と私は心の中でため息をつきました。
そして彼をそうっとしておこうと決めました。
皆、少しつまずいた人たちの集まりだったのです。
その感情は突然やって来ました。国語の資料の『源氏物語』を摘まみ読みした時からです。
それは死への恐怖でした。
その恐怖はその後もずっと消えませんでした。
ぱっくりと開いた暗黒が私を飲み込んでしまうかもと怯えました。
(怖い怖い…怖い!)
神経が昂り独りでいる事が出来ませんでした。
誰にも打ち明けませんでしたが、誰かと話し続けて紛らわせなくては、電車に飛び込んでしまいそうでした。
(高木先生!先生になら…)
面談の日が待ち遠しかったです。
「高木先生、死んだら何もない気がして怖いんです」
そう云う私は緊張でカタカタ震え、手の汗をデニムパンツで拭いていました。
しかし、こんな訴えは生意気なポーズに見えるのではと案じた私は、茶化す様に打ち明けました。
顔は笑っていても内心は縮みあがっていたのです。
先生は真剣な表情でこう言いました。
「あなた、頭のいい人なんですね」
その言葉に私は吹き出しました。
「まさか」と。そんなことを言われたのは初めてでしたから。
自分は小人物のとりえのない子…と信じていたのです。
でも先生の顔は変わらず私は笑うのを辞めました。
『躁』の発症でした。
高木先生は心配して下さり、ご自分の知り合いの精神科クリニックへの転院を提案してくれました。
それが新たな私の魂の彷徨の始まりだったのです。
鬱は誰でもなる可能性があります。
しかし、躁は器質的なものがあるとされています。
私の躁は多少パニック症状に似ていたかもしれません。
現在、もちろんパニック障害も、それから双極性障害(躁鬱)にも認知行動療法は有効である事が分かって来ています。
認知行動療法ではまず、紙に悩みや問題を書いて行くという事をします。治療の始めにノートを作る事を、治療者に言われるのです。
セルフケアをするにも、書くというのは非常に役立ちます。
『フリーライティング』という方法があります。
頭に思いつくままに心の内を書き出すのです。
自動書記の様に、書く事が分からないなら、書く事が分からないとそのままに。
暫く書き続け、少し経ってから見直してみると、そこに不思議と自分が無意識にこだわっていた事や、問題自体が記してあったりします。
間違って書いてある漢字などがこだわっていた事そのものだったりします。
精神分析学の『自由連想法』にも似て。
無意識が見えて来ます。
書く事で心が整理もされます。
認知行動療法の書く…と言うものは、もう少し意識的なもので、方法のひとつに『問題解決法』があります。
今、何が問題か書き出すと言う物です。
そうして出て来たいくつかの問題の内、関連するものを矢印で結びます。
どの問題が重要なのか気付く為です。
どの問題を解決するか決めたら、それのどこが問題なのか、<誰が、何が、いつ、どこで、どの様に>と5W1Hではっきりとさせ見直します。
それから具体的にどのような行動を起こしてアプローチするか決めて行きます。
その問題をどうしたいか、可能な方法を熟慮して決めます。
そうして実行してみます。詳しいコツはテキストに書いてあります。
たとえ上手い結果が得られなくとも、その理由を明らかにし次回に活かせばいいのです。
心の病に罹った人は自分を「敗者」と考えていることが多いです。
それを「人間七転び八起」と考え直すコツも、認知行動療法は教えてくれます。
運命の壁にぶち当たったら、総ての状況と感情を越える決意をすべきです。
途中でやけになってはいけません。
総てを通り過ぎたその先に光があるからです。
乗り越えた感情や経験が高く深い程、遠くへ飛べる筈だからです。
我慢強く、謙虚に、誇りをもって。そして自分を大切にして下さい。
私が本当に人生に還るまでには二十年掛かりましたが。
周囲に感謝。
(森詩子)
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