思春期の虎の巻[第十回] 十六歳・二 「やっと休める事に…」

2019.01.22

高一の夏休み、部活の昼ごはん買い出しの時の事です。
「…フラフラしやがって」
カップラーメンを買いに行った先の、食料品屋の五十年配の経営者がレジをうちながら、私に向かって言いました。
その男の妻も鼻で笑いました。

私は驚き彼らを見詰めました。
演劇部の仲間にもお道化るしか繋がる手段を持たない私は、反応が出来ませんでした。

出来た事は二度とそこの店で買わない事だけでした。

二学期に入ると私の授業への不参加は増えて行き、特に体育のサボりは酷いものでした。
もとからスポーツが苦手だった私は、更に鬱の為に体が重かったのです。

体育教官室に呼ばれた私は、空涙を流しました。叱責から早く解放されたかったからです。

「泣けば許されるなんて甘えは、先生は一番嫌い」
女性教師は吐き捨てる様に言いました。

でも私はこう思っていました。
(先生、実際、泣けば許されるのですよ)
そうしてそれしか私の取るべき態度が見つからなかったのです。

程なくして解放され、教官室を出た私はわざと舌を出してみました。
ポーズを取ってみたのです。
しかしそんなことをしても気分は晴れませんでした。うんざりでした。

意識的に厭世家と振る舞う事で、私は自分を守っていたのでした。
未熟だったと思います。

誰かに助けてもらいたいとも思っていませんでした。
誰も個人を助けられるものではないと、決めてかかっていたのです。

本質はそうかもしれません。自分を救えるのは自分自身だという真実を、暗がりの中、嗅ぎつけていたのでした。
しかし、周りの人のサポートの力は絶大なものだとはまだ気づいていなかったのです。

(私の人生は虚しい。白けたおはなし)

私は人生に人間に絶望していました。更に感動も薄くなって行きました。

九月のある日の朝、父に部屋に呼ばれました。
「悩みを言ってみなさい」
父の目は真剣でした。
学校から家族に不登校が知らされていたのです。

何がこうなった理由だったのでしょうか。
人生がつまずいたのは何故?
私の頭は混乱していました。

私は悩みは人に言ってはいけないのだと、思いこんでいました。
十六年間、誰にも悩みを打ち明けた事など無かったのです。

(本当の事を言いたい!)

そう思った瞬間、喉がカーッと熱くなり、鍵が掛かったみたいに呼吸すら出来なくなりました。
涙がボロボロと溢れ出しました。

それからやっと言えた言葉は
「…済みません」
と言うだけでした。

それ以後、両親は見守る事に決めたみたいです。
うるさく言う事はありませんでした。
それから一年間、朝、起き上がる事が出来なくなるまで、私のK高校の生活は続きました。

唯、この日以来、起きれない日は自宅に居ても構わなくなり、私は安堵しました。
無理に家を出なくてもよくなったのです。

心の病は心で治す。
これが一番重要な事です。
しかし、鬱状態から更に深刻な「鬱病」と診断されたら先ず、お薬の力を借りる事も大切な事です。

そうして悩みを聞いてくれる人を見つけるのが何よりも大切です。
友達、両親には荷が重い事もありますから、専門家に助けてもらう事も考えてみて下さい。
信頼できる医師とカウンセラーと連携を保ちながら、砂漠を越えて行きましょう。

認知行動療法ではバランスの良い考えに自分を持って行く方法を教えてくれます。

例えば、父に打ち明ける事を促された時、
自分には価値がない。迷惑になる
と瞬間に思った事は、私の歪んだ自動思考でした。

鬱の時は自分が無価値に思えるのが特色です。

それが子供の頃から信じていた認識なのですから、とても辛い事でした。

この自動思考にアプローチし、
「悩みを打ち明けるのは迷惑な事じゃない。人は持ちつ持たれつ」
と考え直せたら、どんなに楽だったでしょう。

そして、そのとき感じていた『苦しさ』という感情がバランスの取れた思考により、『安心』へと変われたら…。

そう、そう変われるコツを教えてくれるのが認知行動療法なのです。
まずセルフケアとして知っておいて損はありません。

認知行動療法は患者が主体の治療方法です。病を治すのは自分自身なのです。
誇りを持って下さい。今、苦しんでいるあなただからこそ、机上の事ではなく実感として捉える事が出来る筈です。

私の文学の師匠からきいた言葉なのですが、こんなものがあります。

「総ての成功のもとは逆境の種につまっている」と。
そしてそれはまさしく「種」なのです。
自分で育てなくては芽も出て来ません。

勝利とは幸せに成る事です。誰と比べる事でもなく、誰かを蹴落とす事でもありません。
自分の中でこそ成り立つ、「絶対評価」みたいなものです。
勝ち組、負け組、だなんて考えは捨てて構いません。

自分と真剣に向き合う事を余儀なくされたあなたは、幸せの種を手にしたのだと考えてみて下さい。

(森詩子

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